2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 東福寺に寝転び見上ぐる五百羅漢 父の面輪に似しが眼につく 老人会でサラエボへ送る「愛のひざかけ」 今宵編みつぐ生くる証と

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 新アララギ創刊号の頁操り 選者異なる友等の歌をさがす ギリシャから七千人が走り継ぎし 聖火今し長野に点火す

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 遠山郷より帰る車の前よぎる 狸の眼ライトに光る 六回目の年女迎へ十二年後も 呆けず健やかに生きたしと思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 オリンピック六十日前を迎ふるも 県南の吾等実感淡し 白糸のレースのごとき蜘蛛の巣よ 日にきらめきて霜の溶けゆく

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 口々にアララギ終刊を嘆きつつ 富士見高原の歌碑を巡りぬ 腐葉土を作ると積みし落葉の上 白き野良猫今日も居ねむる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 在りし日に夫の植ゑたる紅万作 極まる紅葉の一枝供ふ 衣之渡川に遊べる鴨も親しくて 土屋先生住みし借家に向ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 新アララギに初めて寄する十月の 歌稿をペン先改めて書く よそ者と言はれし三十六年前 今はよそ者の戸数は五倍

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 イタリアへ汝出張の朝なり コスモス供へ亡き夫に告ぐ 再びを来ることなけむ恐山に 亡き夫思ひケルンに石置く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 納屋隅に真綿むき居し母の姿 偲びつつ残る真綿手にする 子を背負ひセーター編みし遠き日を 思ひつつレースの袋編みをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 半年間咲きつづきたるシクラメン お礼肥して床下に置く 外側のみ料理に使ひし百合根の芯 植ゑしが赤き花盛りなり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 「おぼろ月夜」口ずさみつつ暮れなづむ 畑に浮き立つ菜の花を摘む 片目なる視野の中なる医者の手の ゆきかふを見つつ手術受けをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 出しゃばらず控へ目にしていざの時 力を出せと母は教へき 雨上りし夕べの庭に盛り土を 崩しつつ独活の萌え来しを掘る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 試食品を車椅子の妻の口に運ぶ 優しき眼の老いを見てゐつ 日食の進むにつれて梅園の 白妙の花色あせて見ゆ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 五年励みアララギに載りし九十七首 宝物のごとく筆字に清書す 運動会の玉入れの玉縫ひし礼にと 児童等が肩を叩きくれたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 たしかなる現実なれど「独居老人」の 言葉の響き吾は好まず 夫亡き後励ましくれし夫の友 今年も一人癌やみて逝く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 三日間降りつぐ雨に籠り居れば 山椒を喰ふ虫丸々と太りぬ 貝殻のふれつつ開くかそけき音 聞きつつ詮なき事思ひをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 天井から網をたらして痛みこらへ 縋りしとふ子規の病状の歌 枕元に草花置きて画きしとふ 子規の水彩画なべてやさしも

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 庭松や椿の幹に聴診器当てて 生命の音異なるを聞く 岩煙草のうす紫に咲き盛る 庭に日課の深呼吸をする

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 日傘さすは年寄りくさいと言ひ居し娘 白のレースの日傘さし来ぬ 手鏡が何もせぬのに音立てて 割れたる朝母は逝きたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 老人会の吾等集ひて先生の 百歳を祝ふ宴を開く 藪柑子のかすかな花よ知らぬ間に 緑の小玉葉陰に結ぶ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 褐色の溶岩つづく鬼押し出しの 岩間にやさし岩かがみの群れ 十年後の己が姿を思ひつつ 施設の老い等と童謡を唄ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 霧晴れてうす日に浮き立つケルンの上 吾も小さき石一つ置く アサツキもニラも萌え来し菜園に 今年は多目に苦土石灰をまく

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 玄関にとり込みし鉢のパセリ摘み 友をもてなす皿に飾りぬ 此の峠越えて三穂村に赴任せし 亡き夫思ひ娘等と越す

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 亡き父と齢の同じ百歳の先生に 短歌を学び励まされをり 夫の写真持ち来て伊豆と子の家に 過ごしし八日間忽ちに過ぐ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 健やかな老いを願ひてアシタバや モロヘイヤ育て日々に摘み食ふ 高原のマツムシ草の群れ咲ける 清しき空気深々と吸ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 虫すだく庭に幾度も出て見しが 今宵の名月遂に見えざり フランスの再度の核実験の振動が 長野の振動計に記されしとぞ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 学力の劣るを心配せしわが帰国子女 希望高校に合格となる 久々の雨にコンテルクラマゴケ 玉虫色に木漏れ日に照る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 外つ国に生れて夫の知らぬ孫 少女さび来て墓前にぬかずく 茄子やトマトの連作さけるもままならず 少しずらしてマルチを敷きぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 震災のテントに暮らす人々の プランターに植ゑしチューリップ咲く 田を覆ひ白く咲きゐしなづなの花 忽ち鋤き込み土色となる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 土割りて生き生き萌え来し水仙の 緑は老いの心励ます 二月の雨止みし朝の庭内に 檜葉の幹よりいきたつが見ゆ