2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 松のことは松に習へと教へしと言ふ 芭蕉を思ひ庭松を仰ぐ 阿智川のせせらぎ聴きつつ囲炉裏火に 釣り来しあまご汗垂りて焼く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 友達の土産にせむと幼子が 持ち行く蝉籠に青草入れやる 東京歌会にて中村さんが録音せし 土屋先生のみ声尊びて聞く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 親しき故に言ひし言葉を悔やみつつ 裸木となりし柿の木仰ぎぬ 心字の池に向ふきざはしに散りしける 落葉踏む音心に沁みぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 庭師等の帰りし庭に早々と みんみん蝉の鳴き出したり 年と共に精神年齢を若くして 作歌に励まむと老先生の言ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 こほろぎ一つ歩む厨に粕に酔ひつつ 汝に送らむ縞瓜漬けをり 母となりし頃に買ひし足踏みミシン ポータブルにして今も物縫ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 人それぞれに合ひたる交はりも身につきて 移り住みしより二十四年過ぐ 冬枯れて久しき庭の梔子の 残れる赤き実風にゆれをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 茶臼山の広き裾野は若葉の時 友と来りて山蕗をひく 停電の時間だけ遅れしタイムスイッチ 進めて今日の厨仕事終はりぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 無人化となりたる駅に牛乳瓶の 水仙の花に心和み待つ 良きも悪しきも少しは頷ける「姓名判断」 興味を持ちて今宵読みゐる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 箱根バラの毛で覆はれし青き実を 珍しく見て石畳登る 赤彦の「家ひくくして道広し」の額 かかげある店に木曽土産買ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 お日待ちの朝より炊きし一俵の飯 千個のむすびに握り終へたり 軒下にふせをく葱の風に鳴る 枯葉の中に緑萌え来し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 一瞬の心の乱れに歪みたる ミシンの縫い目手間取りてとく 落ち柿のすゆる臭ひも親しくて 秋づく日射しに箥薐草をまく

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 日曜日の朝教会に集ひくる 人びとの顔穏やかに見ゆ 一輪のカタクリの花床に飾り茶を点てる 娘の背に落ち着きの見ゆ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 三キロの梅にて作りし梅肉エキス 飯茶碗一杯のみなるに驚く 新たなる希望湧きくる今日にして ポインセチアの一鉢買ひ来ぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 見渡す限りキャベツ畑つづく野辺山高原に 収穫する人等点々と見ゆ 脱サラをして君が拓きし羊牧場 ひろびろとして若葉明るき

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 昭和七年吾ら入学の名簿の中に 二十三名もの逝きし人あり 春日光あはあはと射すわさび畑 畝間の水の澄みて流るる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 三日前テレビにて見し高野山に 今日登り来ぬ願ひかなひて 玉の浦に春の光の漲りて 真珠養殖の玉石浮き見ゆ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 なにごとも善意に解して生きゆかむ 今日の日記にそれのみ記す 初老の吾等体形の醜さを嘆きつつ 多嘉示作の「裸婦像」前に立つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 わが子等の誕生地それぞれに異なるを 古きアルバム見つつ思へり 平凡な主婦にて終はるこの一生 幸せとも不甲斐なきとも思ひぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 一枝の椿を彫りし亡き夫の 手作りの俎板心こめ磨く 玉城先生の短歌講演をきき書道展を見 心豊かに一日過ごしぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 遠く来て宿りし大島の民宿に 潮騒の音沁みて聞きをり 霧深く登頂あきらめし三原山の 黒き溶岩二つ拾ひぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 住所氏名血液型も書きそへて 防災頭巾今宵仕上げぬ 標高の高まるにつれ白樺の 木肌白じら秋日に冴え来ぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 秋晴れの縁に座りて一時帰国の 三才の幼を初めていだきぬ ペルーより一時帰国の三才の 孫のスペイン語に戸惑ひてをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 医者の夫と子等に囲まれ幸せとふ 笑顔の従姉妹に心安らぐ 推敲は作歌の最初で最後なりと 先生のみ教へ心にしみぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 こほろぎ一つ走る厨に幾度も 水替へて煮る栗の渋皮煮 帰国せし孤児の従姉妹と通訳を 通し話すはいたくもどかし

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 いつくしみ育てしカナリアをのみし蛇 巣にとぐろまき息つかひ荒し 心なき人の一言に傷つきゐる 友を思ひて話題をそらす

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 夫亡きもしばし忘れる思ひして 天の橋立またのぞきする 在りし日のままなる夫の表札を 動かし過ぐる夕風のあり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 娘紀子をよろしく頼むと嫁の父の 見せし涙を今も忘れず ペルーに生れいまだ顔を見ぬ一才半の 孫の水着の写真届きぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 紫蘇の枝を刻みて入れし健康枕 夜半に寝返る床に匂ひぬ 新しき毛並み装ひカナリアの さへずり高く秋の深まる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 一冬の松葉を拾ひ水替へし 苔むす石鉢雲を映せり 久々にリズムにのりて踊る夕べ 頬輝きて友等美し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 うす暗き一茶住みしとふ土蔵の中 我等しばし息つめて立つ 吾娘の弾く「雪の降る町に」にあはせつつ 声はりあげて我も歌ひぬ