2021-10-01から1ヶ月間の記事一覧

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 年々に読めても書けぬ文字増せり こまめに辞書をひきて確かむ 頑張れよ幸ちゃと己に声かけて 独りの暮しの一日始まる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 世帯主の欄に吾が名を書くにも馴れ 夫亡き後を逞しく老ゆ 蟷螂の卵のつきしオリヅルラン 居間に持ち込み共に春待つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 彫刻刀を口にくはへて彫りしとふ 版画の前に声のみて立つ 萌え出でしとヒヤシンスの芽に土かけつつ 今年終りの庭に草とる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 老人会の回覧板に紙はりて 事故で逝きたる友の名を消す 虫の鳴く畑に秋の日あまねきて 白菜にひそむ青虫をとる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 軒に吊るすオリズルランに蟷螂の 卵が夕べの日に照りてをり 赤きさつき一花咲ける木の下に 腐葉土作らむと柿落葉積む

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 舗装せぬ土の感触親しくて 駅への近道友と歩みぬ 孝行をしたくないのに親のゐる 時代と聞けば老い吾等苦笑す

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 一年に一度の胃カメラ検査に 異常なければ食欲の湧く 熟れしトマト夕べにつめば両の手に 日のほとり熱く伝はりてくる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 時間決め電話をくるる娘三人 ありて一人の暮し安けし 娘と話す受話器に今朝は郭公の澄みたる声の透りて聞こゆ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 寂しともこの上もなく自由なる 独りの暮し何時迄続く 娘等に着せし遠き日思ひつつ 孫の浴衣の腰揚げをする

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 コサージュにせむ繭玉を剥がしつつ 養蚕に励みし父母を偲びぬ ささやかな喜びもちて巡る 猩々袴の茎たちて咲く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 いつ見ても良寛像は素直なりと 詠まれし座像は知至先生に似る 生け置きし赤芽柳の莟落つる かそけき音を一人聞きをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 雲海に筋なしひろがる茜雲 色変りつつ消えゆくが見ゆ 湯沸かしのケトルの音と飯炊けし 電子音なる独り居の厨に

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 一人居のほしいままなる安らぎに 雨の日暮れて夕べの鐘きく 今日生きし証のごとく雨止みし 夕べの庭に芥を焼きをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 こほろぎのか細くなりし声聞きつつ 飯田蕪菜の抜きたてをする ポスト迄路の白線百メートル 背すぢを伸ばし線上を行く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 健やかな老いを願ひて春の日に 照らふケルンに小さき石置く ふれ合ひのバザーに売れ残りし短冊かけ 買ひ来てわが歌書きしを飾る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 待ち侘びし娘の退院の日を迎へ 梅雨明けの日に布団を干しぬ アルバムを見つつ夫在りて四人の子と 移り住みたる村々を思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 久々の毛糸の感触親しくて 雨の一日をチョッキ編みつぐ 意に添はぬ事のみ多き一日にて 夕べ黄バラの花に寄りゆく

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 如何様にも怠けられる一人暮し 自らを励まし一日の始まる 打順待つマレットゴルフ場は白々と 四照花の花盛り咲きをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 狭き畑は連作さけるもままならず 小さく区切りてマルチをしきぬ 仕上がりし木目込人形のおさげ髪 梳けば娘の幼顔浮かぶ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 雲間より差しくる朝日に煌きつつ 舞ひくる雪は地につかず消ゆ 門先の温かき日ざしの中に咲く 春蘭見れば湧く思ひあり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 紙のごとく軽き宇宙食のストロベリー 含めば清かに香り広がる 山峡の谷間を白く包みゐし 霧のぼりくるわが立つ岡に

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 菠薐草を蒔き終へ見上ぐる夕空に 鰯雲幾すじ茜に染まる 神の湯に向ふ吾がバス諸木々の 紅葉に触れつつ山道登る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 株張らず早続きに下葉枯れし 里芋に深々と土寄せをする 九月中水を控へしシャコバサボテン 葉の先ごとに莟もち来ぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 雨止みし夕べの庭に色褪せし アヤメの花の雫滴るを摘む 墓掃除終へて在りし日夫植ゑし 花の木の木陰に娘と茶を飲む

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 錦木の散りしく小花払ひつつ 木下に植えし三葉を摘みぬ 夕風に細波たてる隣田に 今年は新築の家の灯揺らぐ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 摘みてたのし食ひてうましと子規言ひし 土筆摘み来て胡麻和へにする この坂を杖にすがりて妻君の 墓参されたる先生思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 三十円の値札つきしまま亡き夫の 買ひ置きし小刀錆びて出てきぬ 年金の現状届けをいだし来て 今年も健やかに生きたしと思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 クレーン車の大き手が吊るユニットを 重ねて忽ち家の形整ふ 己が為のみの栄養バランスを 考へ厨に立つも馴れきぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 アスパラの藪を渡れる風いでて 輝きをりし梅雨も消えたり 雨に濡るる野菊の花にまた寄りて 足りし心に去る佐千夫記念館

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 六時間車に揺られ共に来し 文鳥を少女は優しく労る 秋となる光の中に松葉ボタン 小振りとなりし花の咲きつぐ