2017-12-01から1ヶ月間の記事一覧

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 13 「私、文次さんとゆっくりお話が したいのです」 「梅香さん。ほんとにおじゃまし ていいのかな」 文次が、聞きました。 「どうぞ、えんりょなく。おいしい お酒をごちそうしますよ」 誘われるままに、文次は女の人 の後をついていきま…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 12 「そうですね。平和な世の中に なるといいですね」 女の人は、しんみりいいました。 「どこの人だろう。京の人かな」 文次は、女の人のことが気にな りました。 「文次さん。私の家へ寄っていき ませんか」 「えっ?」 文次は、心をみす…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 11 「まあ・・・こっそりぬけだしてき たのですか。みつかったら大変 でしょうに」 「今ごろ、文次がいないがどうし たと、さわいでいるでしょうな」 「文次さんて、おもしろいかたで すね。さむらいではないみたい」 梅香となのる女の人…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 10 「文次さんですか。文次さんこそ、 いい歌をよまれる」 「いやいや、おはずかしい」 文次は、女の人にほめられ、顔が 赤くなりました。 「ところで、文次さん。なぜここ へみえたのですか」 「わしらは、今、甲斐の武田と戦 っている…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 9 女の人は、「昔の美しかった花の おもかげまで、この梅には残って いるようです」と、よんだのでしょ うか。 「すてきな歌ですね。ところで、あ なたの名前は?」 「梅香といいます」 「梅香さんですか。あなたは、こ の梅のように美し…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 8 すると、女の人は、にっこりほほ えみました。 文次は、即興で歌をよみました。 ひびきゆく鐘の声さへ匂ふらん 梅咲く寺の入り相の鐘 「この寺では、鐘の音までも、梅 の香りに満ちている」、こんな意 味の歌でした。 すると、女の人は…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 7 年のころは、二十才。 いや、もっと若いかもしれません。 清楚な、美しい人でした。 女の人は、紅色の着物の上に、白 い上着をきています。 「なんて美しい上品な人だろう。 梅の精みたいな人だ」 文次は、心の中でそっとつぶやき まし…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 6 早速、一句よみました。 南枝向暖北枝寒 一種春風有両般 (南枝は暖に向かひ北枝は寒し 一種の春風両般あり) 文次は、梅の花にみとれていま した。 ふと気がつくと、目の前に美し い女の人が立っていました。 女の人は、いつここへきた…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 5 「うわさに聞く開善寺の早梅を、 ひとめみたい」 そう思った文次は、そっと戦場 をぬけだしました。 そして、胸をはずませ、開善寺 へいそぎました。 寺へ着くと、梅の花が咲いていま した。 雪のように白い、美しい花でした。 あたり一…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 4 文次がよむ歌は、戦に疲れた人々 の心を、ほっとなごませました。 情け深い文次は、みんなから「文 次さ、文次さ」としたわれています。 寒さが厳しい暮れのある日。 「開善寺の梅が、咲いたそうだ。 後醍醐天皇によって、信濃梅と名 づ…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 3 開善寺の早梅には、こんないいつ たえがあります。 今からおよそ四百六十年前。 甲斐の武田が、伊那谷にせめて きました。 そして、信濃の村上と戦になりま した。 村上頼平の家臣に、和歌をよむ風 流な男がおりました。 男の名前は、埴…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 2 信州は、冬の寒さが厳しく、春の 訪れが遅い地でした。 そんな中、開善寺の早梅は、冬 至前後に花が咲きます。 早く咲く梅として有名でした。 小笠原貞宗は、時の帝・後醍醐天 皇に、早梅をおくりました。 天皇はたいそう喜び、その梅に…

開善寺の早梅の精

開善寺の早梅の精 1 信州の伊那谷に、「開善寺」と いう禅寺があります。 梅・牡丹・藤など、美しい花が咲 く寺として有名でした。 寺には、室町初期に建立された 山門や、鎌倉式のみごとな庭園 もあります。 開善寺は、建武二年(1335年)、 信濃の守…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 32 同じく三月。 武田一族の大将・勝頼が、天目山 で自害しました。 そして、武田の一族は、あっけなく 滅亡してしまったのです。 大島城は、織田との戦で、焼失し てしまいました。 城はもうありませんが、丸馬出し・ 三日月…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 31 愛するわが子をなくした信廉は、 戦をする気力をすっかりなくして しまいました。 「わしの一生は、なんだったの だろう。大切なわが子さえ守っ てやることができなかった。戦 国の世とはいえ、戦、戦の一生 だった。 もっ…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 30 「逃げているうちに、おつきのも のとはぐれてしまったようです。 そして、織田の兵士たちに、井戸 の所までおいつめられたようで・・・」 「そうか。かわいそうに・・・」 信廉は、そういったまま、だまっ てしまいました…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 29 うすれゆく意識の中で、姫は思 いました。 「戦のない平和な世の中は、い つくるのだろう。一日も早く、み んなが安心して暮らせる平和な 世の中になりますように」と。 次の朝。 「るり姫は、無事か」 「それが・・・」 「…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 28 おとうさま、今まで大切に育てて いただきありがとうございました。 おとうさまやおかあさまと過ごし た日々、とても楽しかった。おと うさま、そしておかあさま、ありが とうございました」 姫は、父と母にお礼をいいまし…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 27 織田の兵士たちが、姫をおってき ます。 姫は、城の北の断崖までおいつめ られてしまいました。 近くに、深い井戸があります。 姫は、しばらく井戸の囲みの中に かくれていました。 「こんなところに、姫がいるぞー」 兵士…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 26 「姫さま。私たちが、最後まで 姫さまをお守りいたします。だ から、あきらめずに甲斐へもど りましょう」 おつきの人たちが、口々にいい ました。 姫は、おつきの人たちと一緒に、 暗闇の中を逃げまわりました。 あちこち…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 25 暗闇の中で、城がめらめらと燃 えています。 姫もにわとりをだき、おつきの人 と一緒に城をぬけだしました。 「武田が、城をぬけだしたぞー。 後をおえー」 信忠の声で、兵士たちが、武田 の人たちの後を追いました。 「姫…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 24 夜になりました。 「みなのもの、これ以上城にい ても無駄じゃ。これから、みんな で故郷の甲斐へもどる。旅の用 意をせいー」 信廉が、城内にいる人々につげ ました。 人々は、急いで旅の用意をしま した。 「さあ、城を脱…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 23 「助けてー」 城内にいた人々は、安全な場所 をさがし逃げまわりました。 姫も、にわとりを胸にだき、城の 中をあちこち逃げまわりました。 しかし、どこへ逃げても、城の中 は火の海でした。 「く、くっ、く」 にわとりが…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 22 しかし、油断はできません。いつ また、織田軍がせめてくるかわか りません。 気がつくと、空はからっと晴れて いました。 太陽も顔をだしています。 「それっ、今だ。気をひきしめ、 再び大島城をせめろ」 信忠は、兵士た…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 21 「ぴしゃ」 「ぴしゃっ」 大きな音をたて、雷がいくつも 落ちました。 ますますはげしい雷雨になりま した。 そして、空からは、血なまぐさい 雨が降ってきます。 すさまじい雷雨に驚いた織田軍 は、安全な場所へ避難しまし…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 20 十五分後。 「ぶすっ」 淵から、にぶい音が聞こえてき ました。 兵士たちの打った矢が、あたっ たのでしょうか。 淵の水が、たちまち真っ赤にな りました。 すると、あたりが真っ暗になり ました。 「ごろごろっ」 「ごろご…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 19 「あっ」 信忠が、大声をあげました。 「信忠さま、どうされました?」 「淵に、なにかいる。みなのもの、 まず淵にいるものを退治せよ。 城は、それからじゃ」 信忠は、兵士たちにつげました。 「えいっ」 「えいーっ」 ど…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 18 すると・・・。 大蛇ケ淵から、水柱があがりま した。 天まで届くほどの巨大な水柱で した。 「わぁーっ」 「すごい水柱だ!」 織田の兵士たちが、驚きの声を あげました。 空から、ぽつんぽつんと、大粒 の雨が降ってきまし…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 17 「く、く、くっ」 にわとりが、苦しそうに鳴いてい ます。 「こっこ、だいじょうぶ。私が守っ てあげるからね」 姫は、にわとりをだきしめました。 「神様、どうか大島城をお守りく ださい。一刻も早く、火が消えま すよう…

井戸で鳴く黄金色のにわとり

井戸で鳴く黄金色のにわとり 16 城のあちこちから、火の手があ がりました。 「城に火がついたぞー。すぐ火を 消せー」 信廉が、大声でさけびました。 「わぁー」 城内から、女の人たちの悲鳴が 聞こえます。 一箇所火を消しても、すぐまた別 の所から火の…