開善寺の早梅の精


   開善寺の早梅の精 4


文次がよむ歌は、戦に疲れた人々
の心を、ほっとなごませました。
情け深い文次は、みんなから「文
次さ、文次さ」としたわれています。



寒さが厳しい暮れのある日。
「開善寺の梅が、咲いたそうだ。
後醍醐天皇によって、信濃梅と名
づけられた梅の花は、とても美しい。
香りも絶品だ」
文次は、村の人から、開善寺の早
梅のことを聞きました。


       つづく