母の短歌

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 吾が米寿祝ひて子等の編みくれし 歌集の成りて夫に供ふる 以上 母の歌集「追憶の風」より この歌集を作った後も、母は亡くなる数日前 まで、歌を詠んでいました。 昨年7月11日 満95才で亡くなりました。

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 マヤ文明の地球滅亡説に浮上せし 十二月二十一日の日輪何事もなし 赤石の上空の日輪七色の 雲に囲まれ瑞祥となる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 元旦は若水を汲み豆殻を 炊きゐし囲炉裏の父を偲びぬ 永久凍土に発見の種より開花せし スガワラビランジの白花優し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 この朝ポストより出す新聞の 持ちし両手に冷気伝はる 裸木となりし白樺の幹白く 朝日に照らひ影長く引く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 衆院選直前までも新政党 生れて消えて十二党となる 目の前の路を横切る仔狸に 思はず車を止めて見守る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 何もかも捨てねばならぬ此の家の 家財道具に心の残る 小学校の廊下の隅に唄ひつつ 遊びし思ひお手玉手にす

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 媼一人が守る休耕田一面に 秋桜風に波打ち揺るる 精米機に出でし糠にて糠床作り 胡瓜やセロリ漬けて楽しむ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 吾住まぬ家となりたる庭内に ピンクの芙蓉コルチカム咲く 白菜の出荷調整に捨てし畑 作りし人等なげき悲しむ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 淋しさも少し持ち来て娘の家に 移りて一年健やかにあり 栄養のバランス考へ作り呉るる この娘の料理は吾が味に似る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 通院の病院前に移植されし 二百年の松の活着祈る 幾冊もの吟行歌集に遠き日の 諸々の思ひ出浮かび来るなり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 娘の許へ移りし家に迷ふなく 夫よ来ませと迎へ火を焚く 道の駅の棚に売られる虫籠の 鈴虫次々に涼しげに鳴く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 電球に靴下を被せ繕ひて 履かせし戦後を子等に語りぬ 働きて初めて貰ひし給料の 嬉しかりしを孫は言ひたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 悪賢き郭公と思へず爽やかに 鳴けるを今日も心地良く聞く 病院の待合室の高窓に おにやんましばし羽根休めをり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 初恋の香りするとふ芝桜の 花に寄りゆきしばし香の中 鶯の鳴き声真似る口笛に すぐに応へて爽やかに鳴く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 天空にリングを描きし金環日食 初めて見得し今日の喜び 吾等住む地球と月と太陽が 一直線に今列びたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 穏やかに専業主婦に終はる一世 多き友等に導かれ来し 新アララギに同じ先生の選受くる 百歳の君に肖りたく思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 リズム良く娘が階段を上り下りする 音羨しわが叶はねば 塩麹のブーム来たりて漬け込みし 絹豆腐の味チーズの如し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 二十度の角度に整然と東南に向く メガソーラー光輝く 「心ひとつ」の赤たすきかけ相馬市長 東京マラソン完走したり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 百円にて三鉢買ひ来し胡蝶蘭 娘は丹精込め見事咲かせむ 弱き身をいとほしみ生き平均寿命 八十六の誕生日今日

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 御神渡りのロマンを思ひ四年ぶりの 氷のせり上がる音を聞きをり 男神が上社より下社の女神様へ 向ひし跡とふ今朝御神渡り

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 指折りて初めて短歌詠める娘に わが遠き日の姿の浮かぶ 亡き父の網を被りて養蜂に 励みゐし姿ありあり浮かぶ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 還暦を過ぎたる子等と老いを忘れ セブンブリッジの遊びに興ず 同居せし吾の短歌に刺激され 娘は指折り歌詠みはじむ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 学び終へ就職決まりしを孫は告ぐ 心身共に逞しく見ゆ 久々に訪ね来し孫と在りし日の 娘を語れば悲しみの湧く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 「歳だから」「まだ若いよ」を使ひ分くる 巧さを子に指摘されたり はらからと競ひ作りし紅白の 繭玉飾りし遠き日ありき

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 年の暮の門松飾る飯田の町 買物客の人影もなし お節料理のわが分担は栗きんとん 黒豆田作百合根と決まる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 娘等との暮らしとなりし終の住処 除夜の鐘をば幾度聞き得るや 移り来て日々に眺むる赤石の嶺 今日はくきやかに紫紺に暮るる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 裾野迄形良く見ゆる風越山 見飽かず仰ぎ買ひ物にゆく 水車小屋に搗きゐし母の姉さん被り 偲び精米機の搗き初めをする

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 被災せし松の木に作りしコカリナの 優しき音色は心和ます 嬉しさと寂しさ交々に移り来て 日々に嬉しき心増し来ぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 わが人生の終の住み家と移り来し 娘の家の暮しに足りぬ 「おばあちゃん御飯ですよ」だけでなく 炊事当番吾も受け持つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 娘の許へ身を寄せし吾にかけ呉るる 言葉は立場によって異なる 娘等の早寝早起きの生活に 日々に馴れ来てひと月過ぎぬ