母の短歌

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 萌え立ちし夕菅の株ほしげなく 友掘り呉れぬ花の待たるる 田の土手を忽ち刈りゆく草刈機 たんぽぽの絮毛しきりに飛びゆく

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 亡き夫や子等の通ひし駅への近道 舗装せぬ土の感触の良し 苦土石灰撒きて起こしし黒土より 冬眠の蛙出でて動かず

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 アカシヤの咲き初めし谷明るくて 天麩羅にせむ一枝をもらふ 答へなき答へを求め夫の遺影に 向ひて居れば心安らぐ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 亡き母が吾等の着物縫ひ呉れし 鯨尺今も艶良く残る 和紙を折り友等と作りし内裏雛 表情異なりどれも愛らし

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 一冬を軒下に置きし青葱の 細りし枯葉夕風に鳴る 幻想的な白煙を残し山崎さん乗る シャトルは空へ吸ひ込まれゆく

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 北海道の土産に貰ひしラベンダーの 枕寝返る床に香りぬ 亡き父が体弱き吾に鶏の骨 叩き呉れし団子を忘れず

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 広告紙巻きて編みたる花籠に 紅絹に作りし薔薇を飾りぬ 長野原の江戸初期よりの伝統行事 お日待ちのむすび今年も届く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 ベランダの屋根よりずれて見えし雪 ドスンドスンと間をおきて落つ 欠席の友に歌稿を持ち行く道 どんどに焼けし笹の葉散りぼふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 夜なべとふ言葉懐かし囲炉裏辺に 物縫ふ母の姿の浮かぶ 軒下のつらら溶けつつ節分の 温き日差しに煌めき止まず

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 ソユーズは今し宇宙ステーションにドッキング 成功の映像喜びて見る 母に吾がなしし如くに娘が 吾の沢庵に切れ目入れてくるるも

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 庭隅のコンテルクラマゴケのもみぢ葉に 初雪かかり美しく映ゆ オレンジ色の炎を上げて野口さん 乗るソユーズは宇宙に飛び立つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 軒下に冬中使ふ長葱を 埋けて今年の畑仕事終はる 七度目の年女となり初日の出拝み 満月を仰ぎて足らふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 アクリルの派手なる毛糸に編みあげし 魔法の束子厨に映ゆる 老人会の席に吾等の洗ひたる 座布団に座る感触の良し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 借金が税収よりも多き国の財政 老いといへども心の痛む 後幾年かくして野菜作り得るや 虫の音聞きつつ豌豆を蒔く

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 新米の季くれば想ふ五平餅 焼き呉れし父母囲炉裏辺のはらから 落葉炊きし残り火気遣ひ外に出でて 暮れ行く年の満月仰ぐ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 友逝きて空き家となりし庭内の 満天星の紅葉に声かけて見る 吾等洗ひし座布団カバー二百枚 あねさん被りしてかけ替へ終はる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 野尻湖の湖畔の雪を珍しみ 丸めて友等としばし遊びぬ 雪被く妙高山の上空に 十六夜の月嵌めこまれたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 すだく虫聞きつつ間引きし大根葉 母作りしごと胡麻和へにする 歌会に行くには辛き雨なれど 芽生えし秋野菜思へば嬉し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 わが庭に生れたる蝉の抜け殻か 網戸に一つ止まりてをりぬ 天候の不順に里芋の株張りて 一株の収穫ボール一杯

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 初どりの玉蜀黍にて作りたる コーンスープに食の進みぬ 新盆の蝋燭の揺らぎに在りし日の 友の笑顔のしばし浮かびぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 久々の雨を喜び鋤きて匂う 畑に大根菠薐草をまく 独り居の媼施設に入り行きて 菜園たちまち草に覆はる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 暮れなづむ庭に半夏生の白き葉と 紫陽花の白花浮き立ちて見ゆ 人の死はかくも容易く来るものか 心通ひし三人旅立つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 次に見るは二十六年後の皆既日食 亡き夫の許に吾は居るらむか 菜園の土手草刈りに仔蛙は 左右に跳ねて手許狂はす

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 卒寿迄リュックを背負ひ買物に 行きたる友の幻にたつ 皆既日食四十六年ぶりに吾が観んと 「ピンホールスコープ」を作りて待てり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 楽しみて聞く党首討論弥次多く 「静粛」のみが頭に残る 二人靜の花のごとくに雄しべと雌しべだけ ある花を「裸花」と知りたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 新玉葱のサクッと切れる感触の 心地の良くてピクルスを作る 夫君の全快を祈り友の折りたるか 小さき千羽鶴部屋に飾れる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 大噴火の恐ろしき偲び浅間山 北斜面に続く溶岩を見つ 吾が選歌して下されし石井先生の 「東楓集」を偲びつつ読む

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 子供等の健康を祈り鬼押出しの 観音堂の鐘を鳴らしぬ 鬼押出しの黒き岩間の奥深く 光鱗金の光を放つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 蟷螂の卵のつきし五加の枝 燃やさず残し畑隅にさす 軽井沢のショッピングプラザ人群れて 見て居るのみにただ疲れたり

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 園芸店の花から花へ蝶の舞ふ 花苗を迷ひ手間どれる間を 欄杆に寄りて見下ろす天竜川 散り込む桜の花が筋なす