母の短歌

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 エコロジー進み来たりて送りくる 歳暮の包み簡単となる 炬燵辺に物縫ふ母と蜂蜜を かけて雪食べし遠き日想ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 この年は吾が大殺界と聞きゐしに 嬉しきこと多き良き年なりき 躓くな転ぶなと娘に労られ 一週間分の買物をする

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 囲炉裏辺に藁を叩きて作りゐし 亡き父思ひ布草履編む 娘の家のチワワは風呂や炊飯器の 電子音聞き分け教へて呉るる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 仕上がりし布の草履は足裏に 感触の良く廊下を歩む 足を開き親指にかけて草履を編む 不格好なれど致し方なし

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 小春日を浴びて微笑み立ち座す ぴんころ地蔵に心の和む 日に温むぴんころ地蔵の頭撫で ぴんぴんころりを只管祈る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 懐古園巡り来たりて乾きたる 喉に懐かし甘酒を呑む 頼岳寺の静もる境内に赤彦の 扇面の歌碑雅やかに建つ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 草笛のメロディー流れくる懐古園 木下の道を口遊みゆく 城跡の山本勘助ゆかりの鏡石 老いし吾が姿うっすらと写す

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 吟行の旅に橘寺より種を貰ひ 育てし芙蓉は吾が丈を越す 吾が声を聞きたくなりしと雨の日の 友の電話は胸を潤す

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 家で計る血圧よりも何故か高く 医師は素早くパソコンを打つ お彼岸に入りても真夏日続く庭 満天星早くも色付き初めぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 戦時下のおやつに母の得意なりし 蜂蜜黄粉玉久々に作る 前日の雨に埃の洗はれし 中秋の名月クレーターの模様まで見ゆ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 二十四日振りに三十度を切りし処暑の日は 生き返りしごと家事の捗る 糸通しに苦労せし母想ひつつ 百円の器具を有り難く使ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 外に出るセンサーライト明るくて 皆既月食仰ぐに妨げとなる 神秘的に白く輝き満ちて行く月を 黄泉の国より夫も見るらむ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 脳トレの「数ドクター」をする度に 老いし頭は四苦八苦する 若き日の着物をリフォームせむとして 母乳の染みに遠き日を思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 右上り「六度法」を頭に字を書けば 拙きながらも少し見目良し 関心持ちし参院選の開票速報 想像以上の惨敗となる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 ハイジの村に「幸福の鐘」を友と鳴らす 優しき響き身に沁みて聞く 右上り「六度法」を知り字を書けば 誰でも美しき字になるを知る

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 心地良く眠りて長生きせよと子の呉れし シルクのパジャマさらりと軽し 弱き身に古稀喜寿傘寿とつつがなく 生かされ来しが米寿は如何に

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 工夫して自給自足の食材に 母作り呉れし味を忘れず 「エムスン」の不正問題の最中に 介護保険値上げの通知

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 愛子様のお印となる五葉つつじ 花咲く庭園吾子等と巡る 亡き母の食育のお蔭に老いし身の 食生活も疎かにせず

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 花言葉「優しい愛」とふ赤きポピー 色鮮やかに庭隅に咲く 温泉のロビーに子等と白樺の 倒木にて作りしオセロで遊ぶ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 亡き夫が蹲踞にはりつけ植ゑくれし 岩煙草株殖え縮れ葉の萌ゆ 岩檜葉の巻葉ほぐれ来し蹲踞を 清めて水を豊かに満たす

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 何時の日か吾もお世話になるならむ ディサービスのボランティアに来ぬ 糸繰りの母の面影偲びつつ 縫ひしふくさの躾糸に使ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 うつし世にまみゆることは叶はねど 夫も「千の風」になりて居ますや 黒酢にて作りしバナナ酢飽きたれば りんご酢を作り朝々にのむ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 結婚はせぬと言ひゐし孫娘 オーストラリアにてジューンブライドとなる 楽しみて「いきいき教室」にて学ぶ吾等 掛け声と共に立ち居始まる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 解りにくき賞味期限と消費期限 老いし吾等も理解し得たり 傘寿過ぎ「恍惚の人」を読みゆくに 身につまされて侘しくなりぬ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 山桜咲き盛る季節の岐阜蝶の 監視の役は楽しみなりき 外灯につけて飾れる岐阜蝶の 雨に洗われ春の日に映ゆ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 年間に三百億枚のレジ袋 芥になると減らすマイバック持つ 「春の女神」とふ岐阜蝶を万寿山に 監視に行きて初めて知りき

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 折々にワン切りの電話掛りくる 何の目的か不気味に思ふ 雨の日はビニール袋に新聞を入れ 配る人等の心遣ひ嬉し

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 大掃除に疲れし老いの顔写る 姿見磨きすべて終りぬ 母逝きし年迄残るは二年か まだまだ吾は生きたしと思ふ

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 老人と児等と交流のお手玉を 手に合はせ小さく縫ひぬ 続け来し家計簿日記のインクの香 清しきに向へば心改まる

母の短歌

[母の短歌]追憶の風 兵越峠の信州軍と遠州軍の 国盗り綱引今年も負けたり 老いたれど生命力の証しなる 伸び良き爪を愛しみて切る