作り始めの頃

母は三十代の終わりから、短歌
を作っている。 作り始めの歌な
ので拙いが、私はその頃の母の
短歌が好きだ。



水仙の芽見つけて我を呼ぶ
    吾子の声明るく庭にひびきぬ



百三十枚目のセーター今宵編み上げて
    編器をぬぐい油をさしぬ




窯出しの楽焼の壷ぴちぴちと
    音たて徐々に色変わりゆく




受験日のせまれる吾子に夜食をと
    母は年金送りくれたり




右腕の痛みにたえる吾子と二人
    心せかれつ現像を待つ




久々の右手の箸に心晴れる
    吾子を囲みて夕餉は賑わし




祈りこめ小さき石に般若心経の
    一字一字を書き入れていく




冬枯れて久しき庭のくちなしの
    残れる赤き実風にゆれおり




永住の住家となりぬ我が庭の
    くちなしの香ふくよかに漂う




父母座す東の空を日毎夜毎
    偲びて送るこの丘の上の家