富士山のすきな少女


     富士山のすきな少女


「富士山には、このはなさくや姫が住んで
おられる」といういいつたえがありました。



ふもとの村に、かなという名前の少女が、
おじいさんと二人で暮らしています。
「じいちゃん、疲れたでしょ。かたをたた
いてあげるね」
「じいちゃん、無理しないでね」
かなはいつもおじいさんのことを心配して
いました。
おじいさんのかたをたたいてあげたり、腰
をもんであげたり、家の手伝いもよくやり
ました。
かなはおじいさん思いの優しい少女でした。



かなはよちよち歩きの頃から、富士山をみ
るのが大好きでした。
「このはなさくや姫さま、今日はじいちゃん
と二人で町へ行ってきたの。とても楽しかっ
たわ」
母のいないかなは、富士山に住んでいるこの
はなさくや姫に、その日の出来事をなんでも
お話していました。



近くにたぬき湖という湖があります。湖に映
る富士山が、とても美しいと評判でした。
かなとおじいさんは、時々たぬき湖に行き、
湖に映る富士山をじっとながめていました。



「かな、知っているかい。富士山の真上から
太陽がのぼる日が、年に二度あるそうだ。
富士山の真上からのぼる太陽をみた人は、一
生幸せに暮らせるそうだ。しかし、そんな幸
運に恵まれた人は、数える程しかいない。
ましてやたぬき湖にうつる富士山の姿を見た
人は、一人もいないそうだ。わしも死ぬ前に
一度で良いからみたいものだ」
 おじいさんは夢みるようにいいました。



八月十九日の夜のことです。
「かな、明日たぬき湖へいこう。富士山の真
上から、太陽がのぼるような気がするんだ」
突然おじいさんがいいました。



八月二十日。
二人はまだうす暗いうちにおきて、たぬき湖
にむかいました。昨日はからっと晴れていた
のに、今日は今にも雨が降ってきそうな天気
でした。
たぬき湖についた時、富士山は厚い黒い雲に
おおわれて、影も形もみえませんでした。
「どうか良い天気になりますように。太陽が
顔をだしますように…」
「このはなさくや姫さま、どうか美しい富士
山をみせてください」
二人は一心に祈りました。



どの位の時間が過ぎたのでしょうか。
富士山にかかっていた厚い黒い雲が、何かに
ひっぱられるように「すぅーっ」と、二人の
目の前から消えていきました。



突然、目の前に富士山があらわれました。
二人が「あっ」と声をあげた時、富士山の真
上で、一すじの光がぴかっと光りました。
みている間に、一すじ・二すじ・三すじと、
黄金色の光のすじが増えていきます。
そして、最後に大きな黄金色の太陽が顔をだ
しました。



「みてごらん、かな。太陽が…黄金色の太陽
が…富士山の真上から…富士山の真上からの
ぼってくるよ。なんて美しい太陽だろう。
ダイヤモンドみたいだね」
おじいさんの声はうわずっていました。
湖面をみると、富士山と黄金色の太陽が、さ
かさに映っています。



その時、うす青色の富士山が「ぱっ」と、あ
ざやかな桃色に変わりました。そして、桜の
花の良い香りが、ぷーんとしてきました。
すると、富士山のま上から、桜色のドレスを
きた女の人が、ふわっと音もなく舞いおりて
きました。




「私は富士山に住んでいるこのはなさくや姫
です。私はずっと前から、かなに会えるのを
楽しみにしていました。あなたは本当に富士
山が好きなのですね。それになんて心の優し
い少女でしょう。
今日は私が一番大切にしている首かざりを、
あなたにあげましょう。これはダイヤモンド
富士といって、この世にたった一つしかない
宝石です。



この首かざりを身につけていると、どんな苦
しいことも、悲しいことも、乗りこえられま
すよ。これからもおじいさんを大切にしてあ
げてくださいね」
そういいながら、このはなさくや姫はかなの
首に首かざりをつけてくれました。
姫さまが動くたびに、桜の花の良いかおりが
しました。



「このはなさくや姫さま、すてきな首かざり
をありがとうございました」
かながお礼をいった時、姫さまの姿は消えて
いました。
かわりに空からたくさんの桜の花びらが、ひ
らひらまいながら落ちてきました。
かなには桜色のちょうが楽しそうにまってい
るようにみえました。



目の前には、いつもの富士山が、何事もなかっ
たかのように、美しくそびえていました。